日々の雑感

私が毎日見たり聞いたりしたものに対して思ったことを書き連ねていきます。

【書評】「タタール人の砂漠」 流されるままに生きて

みなさん、こんにちは。目的意識、持ってますか?

私は持っていません。

最近、YouTubeを見ているとオススメ欄に自己啓発ハゲの「ビジネスマンに大事なこと」みたいな動画がよく現れて、見かけるたびに削除しているんですが、全然消えてくれません。

何なんでしょうね、あれ。

まあしかし、残念ながらあのハゲの言うことの方が正しいんでしょうね。

これまでの人生、怠惰かつ臆病な性格で良い事なんて何一つありませんでしたから。carpe diemが身に染みます。

 

 

タタール人の砂漠」ブッツァーティ作 脇功訳  岩波文庫

 

タタール人の砂漠 (岩波文庫)

タタール人の砂漠 (岩波文庫)

 

 


士官学校を卒業したばかりの主人公ジョバンニ・ドローゴは、中尉として最初の赴任地バスティアーニ砦へ向かう準備をしていた。そこは、荒涼とした砂漠に面した山岳地帯に作られた古ぼけた砦である。
最早攻めてくる敵も訪ねてくる隊商もおらず、その本来的な役割が果たされぬまま長い年月が経ち、いつしか砦の兵士や将校は北方に面した砂漠をタタール人の砂漠と呼び、いつ来るとも知れぬタタール人という見知らぬ敵を待つようになっていた。
輝かしい軍人人生を待ち望んでいたドローゴは、赴任初日に砦を去ろうとするが、上官に止められ4か月間はそこに留まることになった。それが彼の人生の大きな転換点となった。
4か月という月日は閉鎖空間での退屈な生活を日常にしてしまうには十分な長さで、結局4か月経っても彼は砦に残ることを選択した。
つまり、ここへいてはいけないという強い不安を感じながらも、それとはアンビバレントに、先の見えない大きな変化よりも、規則的な繰り返しの中で(傍から見ると馬鹿げた)期待を抱き続けることを望んだ。
加速度的に速くなる「時の遁走」が彼の青春時代を着実に奪っていっているとは知らずに。

 

非日常の希求

この本はイタリアの記者、作家であるディーノ・ブッツァーティによって1940年に上梓されたものです。20世紀の幻想文学の古典的名作に数えられ、その寓話性、普遍性から幅広い支持を得ています。
実際、タタール人の砂漠も時折出てくる工学的なワードに目をつむれば、どの時代にも当てはまるような作品になっています。そのことによって、この作品に描かれているテーマは、ブッツァーティの生きた世界とは空間、時間的に遠く離れた私たちにも身近なように受け止められるのです。

物語は、主人公のドローゴがバスティアーニ砦へ向かうその当日から始まります。そして終わりは、ドローゴの死です。
通常人の一生を物語にするといった場合、何か劇的な展開やラブロマンスが想起されますが、本作品は違います。全てがあくまで淡々と、静かに進んでいき、俄かに盛り上がりかけたかと思うと一気にしぼんでしまって、それが最後まで続きます。
彼のもとには何度もチャンスが訪れます。
しかし彼はタタール人の襲来という期待(恐らくは彼が全く無駄な時間を過ごしたということを否定する拠り所)を捨てきれなかったためにそれを不意にします。その度にまだ若いからいくらでもやり直せると自分に言い聞かせますが、年月は確実に進み、彼の内心の不安もどんどん大きくなります。
読み進めていくと、肝心なところでの彼の無気力とも臆病ともとれる態度に歯がゆい思いがしますが、我々は本当に彼を詰ることができるでしょうか。
会社や学校などで日々の仕事を繰り返しているうちに、望んでいた”何か”がやってくることを期待していないと、どうして言えるでしょうか。現在の日常の小さな満足感を喪失するのが怖くて、大きな挑戦をするのを躊躇うことはないと、どうして言えるでしょうか。

作者が「時の遁走」と呼ぶ時間の特質、同年代との比較、二度と戻らない過去への後悔、長い時間が降ろす旧友や故郷との間の厚いベール、自分が何もなせないまま老いていくのではないかという焦燥感、それら全てが、逆転されうべき非日常の何かへの期待を抱かせることによって逆説的に我々を日常へと縛り付け、身動きを取れなくしてしまいます。本作のドローゴの様に悲劇的にとまではいかずとも、多かれ少なかれ人生にはその様な面があると私は考えています。それは必ずしも否定されるべきものではなく、上手く付き合っていくものだとも考えます。

この物語を読み終えた時に胸に去来する感情は、その時々の年齢によって変わると思いますが、この本の1ページ目にすらまだ達していない中学生にも、既に中盤に差し掛かった大人にも、終わりを見据えているご年配の方にも誰にも大きな意味を持つものだと思います。そしてその後に、自分の人生を見直してみたり、誰かと語らいたくなるでしょう。
何を隠そう、私もものすごく語り合いたいので、皆さんにぜひ読んでほしいのです。