どうせ着ないUTを買うという娯楽
こっぴどく振られてしまった。
張記でニューローメンを食べていた時のことだった。
金曜日、仕事帰りに集合してリコリスピザを見に行った。
見終わった後、「ゲイリーなにやってんだよ」なんて感想を言い合いながらまだ人の残る総武線に乗り込み、隣同士ストレンジャーシングスシーズン4の熱烈な推しを受けているうちに西荻窪の駅に帰ってきた。
お互い西荻がホームグラウンドだ。
夕食を食べずに出てきたので空腹だった。元々、相手が仕事を残してきているので早めに家に帰ると言っていたが、当然の流れとして少し食べていくことになった。
「沖縄そばが食べたい」との発案だったが、店の中を覗くとあいにくの満席だった。星の浜食堂はいつも繁盛している。
それで張記へ行った。ネオンサインが輝く「映える」台湾料理店の張記は、西荻内外から老若男女が訪れる。その日も結構な人が入っていた。
奥の席に案内された。業務用冷蔵庫の目の前だ。
いつもはルーローハンとレモンビールを注文するのだが、相手がルーローハンを頼んだので何か冒険してみようと思ってニューローメンとライチビールにした。(あんまり変わらないね)。
乾杯を済ませ、互いに料理をシェアしながら箸を進める。左利きで少し独特な箸の持ち方をする彼女と、仕事の愚痴なんかを言い合って笑った。言い残っていた映画の感想も全て言い尽くした。HAIMの家族全員集合だったね、とか。
微妙に気まずい時間が流れる。
実をいうと、告白自体は先週していた。その時に答えを曖昧にされたままの今週だったので、映画の誘いがあった時は悲喜交々様々な想いが巡った。
「やっぱり今は恋愛をする気分になれない」と、意を決したように彼女が口を開いた。
彼女のTシャツに描かれた東南アジア風の女性の笑顔とは対照的に、申し訳なさそうな顔をしている。
覚悟はしていた。趣味が合うとは思うが、この関係が発展するようには思えなかった。
でも、人並みに悲しかった。プレタポルテの悲しみだ。
こういう時に気の利いた一言を言えればいいのだが、私の凡な脳みそはその時なんの文章も出力してくれなかった。
その場に漂う嫌な空気を全て平らげてしまおうというように、ただ口を開け閉めしていた。だけど、より空気は重くなっていくばかりだ。
残った私の手にはヘブンリーキャラメルのハーゲンダッツとTOHOシネマズ系列の割引券があった。お詫びに、ということで渡してくれた。これはまたのちの機会にありがたく使わせていただく。
0時過ぎ、家についた。ドアを閉めるとレイジーサンデーモーニングの残り香が鼻腔をくすぐる。
胸の上の辺りを握りつぶされているような感覚だ。しばらく忘れていた懐かしい感覚。
異様に触感の軽い指でLINEを送った。「楽しかった、また遊ぼう」と、何事もなかったかのような文面だ。このあたりに私のモテなさ/キショさが表れているように思う。
結局シャワーも浴びずに眠りについた。
土曜日、朝6時半に起床した。
一緒に買ったフレッドペリーの一張羅を着替え、シャワーを浴びてリフレッシュした。心なしか抜け毛の量が多い気がした。
昨日冷凍庫に突っ込んだアイスを食べながら、FireTVStickで金曜日更新のオモコロチャンネルを見た。内容はあまり覚えていない。
失敗の「花束」みたいだな、と思った。あれも結局失敗に終わるけど、もっとだいぶ前の段階での失敗だな、と思った。気持ちが軽いうちに終わってよかったかもしれない、なんてまだ冗談でも思えないけど。
失恋した時は恋愛ソングを聞いたほうが良いと友達に聞いたので横沢俊一郎の歌を聞いてふにゃふにゃの男の子の気持ちを思い出したりなどした。
残していた仕事は結局起きてから取り掛かって11時過ぎまでかかったらしい。申し訳ないことをした。
ひどく落ち込んで部屋にこもっていようかと思ったが、生理現象には勝てず、お腹が空いてきた。
不快な暑さが続いているが、お昼を食べるため吉祥寺まで歩いて行くことにした。
ちょうど出掛けに「愛してみたり愛されたり」が流れた。さっきまで聞いていた部分の続きだ。
「秋が終わるころにあのこと恋人になれたらきっと冷え切った指に嚙みついて痛がるぼくに笑顔をみせるのだろう」
なんて素敵な光景だろう、と自嘲気味に笑う。
体を動かしても特に気持ちが軽くなることはない。むかつくくらい晴れている。明日から雨の予報だというのに、全くそれを感じさせない。
適当にお昼を済ませた。それでもまだ日が落ちるまで時間はたっぷりある。
いつものようにパルコの前でアップリンクの上映スケジュールをのぞいてみた。ホンサンスの映画がやっていて気を引いたが、労働問題が解決するまではできる限りアップリンクじゃないところで見ようと思う。
ユニクロが目に入った。そういえば夏服が足りない。
1階からエスカレーターで上がっていく。レディースのフロアを抜け、メンズ服のエリアへ着いた。クルーネックTシャツがセールで1299円になっていた。円安の時代に結構なことだが、これもどこかの民族をしごき上げて成り立たせた経済性か?と疑問がわいてしまう。
1着手に取って6階へ上がる。
吉祥寺の様々な有名店とのコラボTシャツが置いてあった。こんなのあるんだ、と感心して進むと、UTを置いてある一角に来た。ユニクロのコラボTシャツだ。
今は永井博とのコラボをしているみたいだ。グラフィティが胸にでかでかとプリントされたものが並んでいる。
毎回思うのだが、このプリントってあんまりナイスなデザインには見えない。
試着してみても、まあこうなるだろうという感じだ。
結局2着お買い上げだ。
MoMA、ポケモン、バスキア、ピーナッツ、ブルーノート、etc,,,クローゼットに眠っている数々のUTを思い返して逡巡したが、レジを通していた。
永井博も同じように箪笥の肥やしになるだろう。
これは着るために服を買うというより、買ったという記憶をストックする娯楽のようなものだと思う。ある種擬似的にアート作品を所持しているような感覚になる気もする。
とにかく、私の記憶のカレントファイルを何かしらに変更したかった。こんなに薄っぺらい娯楽でもある程度の気晴らしにはなると信じて。
家に帰ってもう一度着てみた。全身鏡に映し出された私の胸には爽やかで記号化された夏のモチーフが輝いている。
寒々しさが中々似合っているように感じた。